<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>日本列島波高し～元海自幹部のエッセイ～</title>
      <link>http://yosoro.okigunnji.com/</link>
      <description>元海自幹部が語る日本・世界・軍事</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Fri, 15 Jun 2007 19:26:37 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>制服への行動決定権付与に関するＱ＆Ａ</title>
         <description>●【いただいたお便り】

留学中の学生（21歳）です。貴メールマガジンの読者です。

最近、防衛庁が防衛省に昇格した事に踏まえて、自衛隊とは何かという事につ
いて勉強しております。と、いいますのも、自分も大学4年生になり、将来を見
据えなければならず、自衛官も一つの道と考えているが故です。</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2007/06/post_24.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2007/06/post_24.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">003自衛隊</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Fri, 15 Jun 2007 19:26:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>非常事態宣言と戒厳令の違い</title>
         <description>まず、非常事態宣言ですが・・・
これは予想を超える大きな災害や予期しない事件で、事前に想定されている程度の対策では充分でなく、かつ通常の「平時モード」法律によるだけでは有効な対処ができないような事態が続出した事態に至ったとき、臨機の処置をとる権限を行政府に認める「非常時モード」に切り換える制度ですね。

この制度はあくまで事前に「非常時モード」法体系で「出来ること、出来ないこと」等の許容範囲が定められているべきで、已むを得ず事前に許容した範囲を超える施策を行う場合には国会の議決を経る必要があります。

つまり、大前提として国家の三権が（一時的、局所的には欠けるとしても）全体としては機能していることが想定されているのではないでしょうか。
もちろん許容される範囲は様々で、ナチスドイツのように議会が政府に全権を委任すれば次に述べる戒厳令を含めて「何でもあり」状態にもなり得ます。

一方、戒厳令の発令ですが・・・
これは「本来は」国家の三権が機能できないような事態を、それが回復されるまで暫定的に、軍政によって乗り切る手段ですね。
もっと有り体に言えば「軍隊による国家権力の一時的占領」です。

例えば、（現在の日本国憲法にはありませんが）世界中の「普通の国」では元首なり議会なりが「戦を宣し」「和を講じる」ことを憲法等に定めています。
しかし、もし首都が核兵器で奇襲されればその両者とも一時的に存在しなくなるかもしれません。国土、国民は存在しても国家機能は壊滅しているような状態です。

このように「敵と戦え」という命令を出すべき政権中枢さえも消滅しているような場合、前述の「非常時モード」への切換もできないわけで、もし戒厳制度がなければ国家としてはなすすべがありません。

この例は極端ですが、ことほど左様に戒厳令とは「国家機能に重大な欠落が生じた場合に発動される、一時的、合法的なクーデターもどき」と言えるかもしれません。

以前に「自衛隊をめぐる不条理」の話で書きましたが、軍隊の本質は「国内法の機能し得ない場面で活動できる」ことにあります。
本来軍隊の行動を規定するものは最高指揮官の意志と確立された国際法だけです。

そのため軍事刑法等の軍規諸令達も法律ではなく、最高指揮官（国王や大統領）からの命令の形で出されているのが普通です。議会で議決された法律では指揮官の権限で臨機に変更することができないからです。

（ちょっと道草：英国海軍の軍人が「この無精髭は女王陛下が許可した」と威張っていますが、これも上記の海軍刑法などの記された
“Queen&apos;s Regulations for the Royal Navy” （*）の中に書かれています。ビクトリア女王が艦内の真水節約のために許可したそうです。）

幸いにも軍隊には指揮官に事故あるときに指揮権を委譲・継承すべき順序が事前に、上は国家元首たる最高司令官から下は末端の兵士に至るまで、明確に定められて周知されています。如何なるときにも、部隊の所在や規模にかかわらず、誰が指揮官（意志決定者）であるかは常に明白です。
更に加えて、他に依存せず独自で任務を遂行できる能力（自己完結性）を具備しています。

これ等の特質を使って「やむを得ず、臨機の処置として、軍隊により国家機能を維持する」、これが戒厳令の発令になるわけです。

なおこの観点から見ると戦前の我が国の戒厳令は２．２６事件のみが該当しますね。
日比谷事件や関東大震災は当時の警察力の補完（当時は機動隊がなかった）に過ぎず、現在の自衛隊の治安出動と同じ性質のものではなかったかと思います。
先の大戦中は、東京大空襲のような関東大震災を凌ぐ戦災下でも国家機能が正常に活動していたので、戒厳令は発令されませんでした。

以上、ヨーソロの管見です。繰り返しますが、明白な根拠は・・・ありません。
それにしても、世界中至るところで非常事態宣言や戒厳令が見境なく乱発されていますね。

（*）“Queen&apos;s Regulations for the Royal Navy”

（2006/7/17）</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2007/05/post_22.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2007/05/post_22.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">002軍事</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sun, 27 May 2007 20:03:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>BMD対処の実際</title>
         <description>ミサイル防衛は時間との戦いです。コンピュータは瞬時に結果を出しますが、人間はそうはいきません。そこで、条件を定めて撃墜の権限を下級指揮官に委ねざるを得ません。BMD では特にその点が重要です。弾着点が我が国領域となれば撃墜しても良いのではないでしょうか。

迎撃ミサイルが個艦に搭載されているなら、その引き金も艦長が握っているわけで、航空総隊司令官も彼に権限を委譲せざるを得ないでしょう。そうなれば、数十秒でも対処可能です。

この権限委譲タイミングも重要です。誤解しないで頂きたいですが、平時から個艦艦長にミサイル撃墜権限があるわけではありません。
事態が切迫した段階で（やむを得ぬ、となってから）許可が出ます。これらの権限委譲ルールが「交戦規定、ROE」です。

これは状況の仮定文と実行権限付与文をコード化したもので、およそ考えられる全ての状況と対策が網羅されています。例えば、この中に
　　　　a1「探知したミサイルの弾着点が」
　　　　b5「本邦領域内なら」
　　　　c8「迎撃を許可する」
とあるとき、然るべき上級権限者から「a1b5c8」という暗号が届いた時点でミサイル発射は艦長の判断に任されます。もちろん切迫した時期が過ぎれば、取り消し暗号で権限を取り上げられます。

海自と空自の連携体制ですが、悲観的評価と楽観的評価では全く異なります。細部は申し上げられませんが、自衛艦隊司令部と航空総隊司令部の間には濃密な情報の往来があります。それらを有効に機能させて防空体制の実を挙げるには訓練しかないでしょう。
幸いにも近い将来、統幕が作戦指令権を持つようになりますので、従来の海空による協定や調整と比べて格段の進歩があるでしょう。

もう一つ重要なことは、米軍です。防空には国家主権が絡むからです。
BMDの難しさは技術だけでなく、否応なく集団的自衛権の問題が絡みます。

（2003/8/25）</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2007/05/bmd.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2007/05/bmd.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">001日本</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">002軍事</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">003自衛隊</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sun, 27 May 2007 20:02:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>【書評】『イン・ザ・ネイビー　アメリカ第７艦隊水兵物語』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0368e98f.db9fc58f.0379474a.5b4b6a47/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1657578%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f11249533%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f7698%2f76981179.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f7698%2f76981179.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0" align="left" border="0" space="5" vspace="5">■『イン・ザ・ネイビー　アメリカ第７艦隊水兵物語』　ジロミ・スミス（著） 光人社</a><br clear="all">


→最近、「イン・ザ・ネイビー　アメリカ第７艦隊水兵物語」光人社を読みました。

著者のジロミ・スミス氏は日本生まれの日米ハーフで、海軍の航空機体整備兵として２１年間勤務、E-7（CPO、曹長）で退職して予備役に編入された人です。

経歴の殆どを日本及び日本を母港とする空母等で過ごしていて、日本人に理解しやすい書き方で米海軍の下士官兵の生活を描いており、彼等の日常の艦内生活や日本社会との関わり合いのよく分かる本でした。
著者も触れているように、日米ハーフで両文化に理解のあることが、随所に感じられます。

また、海自OBとしては、日米両海軍の違うところと似たところ、海軍として同じところがそれぞれ分かって面白い本でした。
特に、海自は保有していない空母の艦上訓練や湾岸戦争のときの記述は、淡々と描かれていながらも、その臨場感溢れる雰囲気が良く伝わってきました。

大海軍の人事制度や厚生施策のあり方など、海自が今後参考にすると良いと思われる事項も豊富に出てきて、米海軍の内面を知りたい人々、これから海自を目指す人達にも参考になると思われます。]]></description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2007/05/post_15.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2007/05/post_15.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">005書評</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sun, 27 May 2007 19:39:07 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>自衛隊への無理解を解く</title>
         <description>先日、署名のないメールが届きました。

「ＨＮすら名乗りもしない卑怯な方は読者ではない」とおき軍事は考えていま
す。ですのでこういうメールはスパムとして扱い、ゴミ箱直行という形で処理
しています。

ただ最近、少し気になることがあり、ヨーソロ様からいただいたご高見もお知
らせしたいと思い、少し迷いましたが、今回は特別公開することとしました。

【見解と必須知識】で書かれていることは、国民として、わが国防・軍事・情
報そして自衛隊の現状を知る上で欠かせない「活きた知識」ばかりといって差
し支えありません。


（エンリケ航海王子）

■届いたメール

---------------------------------------------------------------------
＞情報ワールドで世界に通用する先輩方を持つわが国なのに、
＞なぜこれほどまでに「情報」はマイナーなのだろうか、ということです。
（070522配信「自衛隊ニュース」　編集雑記の一部）

「事態対処」のための「情報活動」しか、していないからだと思います。
私がいう「事態対処」とは、ある事柄が生じた後に如何に対処すべきか、とい
う意味であり、事柄（事態）が生じる以前に、「どのような状況（事態）にす
れば国益にかなうか」という発想なりがない、もしくはあっても我々には公け
にされていない、ということです。

例えば
・イラクに行くことになった→そのために必要なものは
という流れで情報活動を行なっているように感じます。
そして、これまでこれで対処できてきたようです（自衛官の皆さんが優秀なわ
けです）
派遣された自衛官が死ぬことがあれば、
災害派遣なりで自衛隊がまったく機能しなければ、
何かしらの反省・改善も湧き起こるでしょうが、
アメリカに依存した情報活動で、結果として「事態によく対処」してしまうた
め、なんとなく、情報の必要性のみ反省としてあげられるものの、
決定的に重要である、という認識までには行かないようです。

私は個人的に「北朝鮮による邦人拉致」に強い関心をもっています。
この状況に対応すべき者たちは誰なのか。
私は外交官と軍人であると思います。
しかるに我が国の自衛隊は、いったいどれほどこの問題に当事者意識をもって
いるでしょうか。
私の目に映るのは、外交官と警察官の姿しかありません。
事実、私の知る現職の自衛官（陸）は、
「拉致よりも核が我々（自衛隊）が対処すべきこと」と明言しました。
または
「環境（法的整備の意）が整っていない」として政治家や国民に責任を転嫁し
ています。
ガッカリします。

我が国の民間人数名が外敵の国家意志により、我が国領土から強制的に連行さ
れる事態・・
この状況に対して自衛官の皆さんの当事者意識の低さに、私は呆れるばかりで
す。

私は決して自衛官の方々に敵意を持つものではありません。
むしろ自衛隊に対し、好意を持つ者です。
現になされている主権の侵害（拉致）に対し、生来予想される安全保障上の脅威
（核）を
並列に並べて優先順位をつけているかのような彼らの言動に対し、
私は不信の念をもっています。
生来予想される大きな厄災を理由に、現在生じている被害に反応できない者た
ちがはたして我が国の国民の安全を真剣に考えているのだろうか、という不信
です。

さて話はずれてしまいましたが、情報活動についてです。
おそらく、邦人拉致に関しても、しかるべき手続きを経て「邦人救出作戦を検
討せよ」との
命令がなされれば、自衛隊はこの「事態」に「対処」すべく情報活動を実施す
るでしょう。
ただし、これまでのようにその「事態対処」が上手くいくとは思えません。
いま必要なのは「事態対処」ではなく、「青写真を描く」ことではないでしょ
うか。

「拉致被害者を救出すべき主体は我々（自衛官）だ」という自覚のもと、
与えられた事態に対処するのではなく、自らその状況をつくり出す、そんな活
動をして欲しいです。

情報に関する書籍で得られるものは常に組織論や、その必要性の話ばかりです。
組織を作って、環境作りをして、その後でなければできないというのではなく、
自衛官にはまず、行動を起こして欲しいのです。
彼らが「元自衛官」として組織論や我が国の安全保障の問題点を論じているの
を見るたびに、以前は「なるほど」と思ったものですが、現在は「なぜ現職の
時に権力を行使しなかったのか」と厳しい見方になっています。

現職の時には保身にはしり、退官後に正論を述べる姿には、ある種の軽蔑さえ
覚える自分がいます。

なんだか愚痴を書いてしまいましたが、書きながら気付きました。
私が聞きたいのは、情報組織の必要性でも国民の理解でもなく、
国民の生命を護る自衛官の決意の言葉なのです。
「政治を語らず」という吉田茂の言葉を信奉する防衛大学生の友人がいました。
立派なものだと、当時は思いました。
今は、「政治を語りたくても語れないのではないか」という不信感を持ってい
ます。
つまり語るべき「政治理念」などないのではないか、ということです。
拉致問題に関し、私は自衛官の言葉をこれまで一度も聞いたことはありません。
そして、残念ながらこのメルマガでも・・・・

勢いで書いてしまったため、非常に侮辱的で不快な言葉になってしまいました
が、自衛官の役割に期待する者の嘆きとしてお許しください。
また、このメルマガを昔から愛読している者の「愚痴」として、どうかお許し
ください。
読者との交流に関して、このメルマガが「開けている」との印象を持ったゆえ
のことと、どうかお許しください。


---------------------------------------------------------------------

○ポイント１

＜「事態対処」のための「情報活動」しか、していないからだと思います。
私がいう「事態対処」とは、ある事柄が生じた後に如何に対処すべきか、とい
う意味であり、事柄（事態）が生じる以前に、「どのような状況（事態）にす
れば国益にかなうか」という発想なりがない、もしくはあっても我々には公け
にされていない、ということです。＞


【見解＆必須知識】

自衛官、特に上級部隊の指揮官やその幕僚は常に『事柄（事態）が生じる
以前に、「どのような状況（事態）になれば国益にかなうか」という発想』で
国内外の動きを見ていなければ「いざ鎌倉」のときに間に合いませんし、防衛
省防衛研究所や各自衛隊の幹部学校（列国の戦略大学や指揮幕僚大学に相当）
で勉強していることも正にそれです。

しかし、軍事に関わる（というより正確には「自衛隊が活動する可能性のあるこ
とがら」に関わる）事態の読み方それ自体が、我が国では極めて政治的にセンシ
ティブな問題です。

その典型的な例が「戦闘地域」の定義でした。

こんなものは実は問題の核心ではなく、危険見積そのもの（当然、見積もってい
ますし、上は政府トップまで報告されています）が本当は最も重要な筈ですが、
その内容はとても外に公表されるようなものではありません。そして国会の議論
は機関銃の数や装甲車輌の有無のような駄論で終始しました。

軍事には「敵に知られないよう、味方にも隠す」情報もあれば、「味方を安心、
納得させるために敢えて知らせない」情報もあります。

「命じられたことは即実行する」ということは「明示される可能性のあることへ
の心の準備は常にしておく」ことです。「上は天下国家から下は近所の火事」ま
で全てです。

でも、その心中を口にすることはありません。我が国では言葉が一人歩きします
ので、痛くもない腹を探られる（否、叩かれる）からです。

これは例えば、沖縄の辺野古沖の海上自衛隊による海中調査です。
大臣が公表してからでもあれだけの騒ぎです。もし自衛官が事前に「命ぜられて
も即応できるように心の準備だけは出来ています」等と漏らしただけで大問題に
なったことでしょう。


○ポイント２

＜・イラクに行くことになった→そのために必要なものはという流れで情報
活動を行なっているように感じます。
そして、これまでこれで対処できてきたようです（自衛官の皆さんが優秀なわ
けです）
　派遣された自衛官が死ぬことがあれば、災害派遣なりで自衛隊がまったく機
能しなければ、何かしらの反省・改善も湧き起こるでしょうが、アメリカに依
存した情報活動で、結果として「事態によく対処」してしまうため、なんとな
く、情報の必要性のみ反省としてあげられるものの、決定的に重要である、と
いう認識までには行かないようです。＞


【見解＆必須知識】

それは、事前に独自に現地調査をしたくても充分にさせてもらえない自衛
隊への的外れな見方です。

本来の目的（所望結果）が何か、その目的達成の為に必要なことは何か、等々、
ことに臨んでは命を懸けなければならない自衛官が、そのようなことを事前に
考えないと思いますか？
　こんなことは作戦要務の初歩の初歩です。１尉以上の幹部自衛官なら誰でも
心得ていることです。

しかし、外務省ですら自分の持っている情報を積極的には流してくれません。
その他の国内で得られる情報はタカが知れています。
やむを得ず乏しい海外出張旅費枠から捻出した外国出張ですら、マスコミや野党
から無用の詮索や憶測による攻撃、中傷があり、しかもそれを求めた官僚や政治
家は話の矢面には立たず、いつも知らぬ顔の半兵衛です。

このような条件下では同盟国である米軍から情報を得ることが主になることは避
けられません。もっと良い方法があれば後輩達に教示してやってほしいもので
す。

自衛官は永年、自分の職務のために「当然準備しておかなければイザというと
きに対処できないような問題」について、実際に準備しては叩かれ、プランを
メモっても叩かれ、事前に勉強したり考えただけで叩かれてきました。
沖縄復帰準備、三矢研究、核攻撃対策の研究等、累々たるものです。

その一方で、ことが起きたときには、対応が遅い、準備がなっていない、と非難
され続けて来たのです。

このような制約下で、自衛官は黙して出来るだけのことをしてきました。
国民に知らせていない、自分は聞いたことがない、からとて、自衛隊が後手後手
のその場しのぎをやってきたとは思わないで頂きたいものです。


○ポイント３

＜私は個人的に「北朝鮮による邦人拉致」に強い関心をもっています。
この状況に対応すべき者たちは誰なのか。
私は外交官と軍人であると思います。
しかるに我が国の自衛隊は、いったいどれほどこの問題に当事者意識をもって
いるでしょうか。
私の目に映るのは、外交官と警察官の姿しかありません。
事実、私の知る現職の自衛官（陸）は、「拉致よりも核が我々（自衛隊）が対
処すべきこと」と明言しました。
または「環境（法的整備の意）が整っていない」として政治家や国民に責任を
転嫁しています。
ガッカリします。＞


【見解＆必須知識】

あなたは何を自衛隊に期待しているのでしょう？

北鮮を攻撃することも、（憲法の範囲内で）武力で威嚇することも、あるいは奪
還作戦を行うことも（成功確率はともかく）政治が命じれば自衛隊はやるでしょ
う。

でも国民はそれを望んでいるのでしょうか？
大多数は望んではいないから政府もそれを命じないのではないでしょうか。

それを政府とは関係なく自衛隊に期待するのは、自衛隊の部隊の前で「イラク派
遣反対」と叫んでいたプロ市民運動家と同じように無意味です。
自衛隊は命じられたことをやり、命じられないことは出来ないのです。
それがシビリアン・コントロールです。

海上自衛隊は北鮮のＫＡＢ（秘密工作船）が我が国と往復していることをはるか
昔から毎日フォロー（我が国周辺海域の監視任務）していましたし、警察はそれ
らが何等かの非合法活動を行っていることを把握していたに違いないと思います
が、政治的な理由で一切公表されませんでしたし、対策も施されませんでした。

我々は切歯扼腕していましたよ。

これらを放置し、拉致を含む北鮮の非合法活動をのさばらせたのは全て政治の責
任、特に左翼野党の責任です。


○ポイント４

＜我が国の民間人数名が外敵の国家意志により、我が国領土から強制的に連
行される事態・・
この状況に対して自衛官の皆さんの当事者意識の低さに、私は呆れるばかりで
す。
私は決して自衛官の方々に敵意を持つものではありません。
むしろ自衛隊に対し、好意を持つ者です。
現になされている主権の侵害（拉致）に対し、生来予想される安全保障上の脅威
（核）を並列に並べて優先順位をつけているかのような彼らの言動に対し、私は
不信の念をもっています。＞


【見解＆必須知識】

当事者意識の高低以前に、自衛隊は拉致事件の当事者ではありません。
それは貴方の過剰期待です。

拉致事件は国内で起きた犯罪です。それが外国官憲の手によるものであったとし
ても刑事犯罪であって、侵略ではありません。

自衛隊は犯罪に対処する法的権限が与えられていないのです。もしそれが可能な
ら軍政をしくことだって出来ますが、海上警備行動が発令されて初めて「海上」
でのみ海上保安庁や警察と同じことができるだけなのです。

例え、急迫不正の主権の侵害が生じた場合ですら、防衛出動（つまり殺人や破壊
活動の公式な許可）が下令されなければ法的に対応できません。

自衛隊は（特に警察から）永年クーデター危険視されてきましたので、政治の命
令や行政の要請なく部隊を動かすことを厳重に禁じられて今日まで来ました。

既にご存知と思いますが、阪神大震災で出動が遅れたのも兵庫県知事の出動要請
がなく、連絡幹部が何度も催促し、最後に「この連絡を出動要請と見なします
よ、良いですね」と念押しして、県庁の担当者が返答の言葉を濁したことでや
っと出動したのです。

このように自衛隊はその活動を法律で雁字搦めにされています。最高指揮官の首
相でさえ自由に動かせるわけではなく、その度に泥縄で法律を作ったり改正した
りする愚を繰り返さざるを得ないのです。

拉致と核では優先順位を付けるどころか、最初から順序にもなりません。
不信を持つなら自衛隊へではなく、無為に見過ごさせた政治家達、特に積極的に
北を援助したに等しい野党政治家にぶつけるべきです。


○ポイント５

＜さて話はずれてしまいましたが、情報活動についてです。
おそらく、邦人拉致に関しても、しかるべき手続きを経て「邦人救出作戦を検
討せよ」との命令がなされれば、自衛隊はこの「事態」に「対処」すべく情報
活動を実施するでしょう。
ただし、これまでのようにその「事態対処」が上手くいくとは思えません。
いま必要なのは「事態対処」ではなく、「青写真を描く」ことではないでしょ
うか。
「拉致被害者を救出すべき主体は我々（自衛官）だ」という自覚のもと、
与えられた事態に対処するのではなく、自らその状況をつくり出す、そんな活
動をして欲しいです。＞


【見解＆必須知識】

貴方は大変なことを言っておられる。
かつて関東軍が盧溝橋や柳条湖でやったとされているのと同様な行為を欲してお
られるようですが、それは論外です。


○ポイント６

＜彼らが「元自衛官」として組織論や我が国の安全保障の問題点を論じてい
るのを見るたびに、以前は「なるほど」と思ったものですが、現在は「なぜ現
職の時に権力を行使しなかったのか」と厳しい見方になっています。
現職の時には保身にはしり、退官後に正論を述べる姿には、ある種の軽蔑さえ
覚える自分がいます。＞


【見解＆必須知識】

現役の自衛官は発言や投稿を厳重に抑制されています。
それは保身ではありませんし、そもそも理想的な組織を検討し、実現させること
は日々鋭意動いていることですが、自衛隊内の権限だけで実現させられるような
軽いものではありません。（「権力を行使」は全く違和感があります）

組織人が自分の組織の長短をあげつらう話を部外に流すことはすべきではありま
せん。部内で議論され、検討され、予算要求されるようなことでさえも、原則的
には政府原案が出来上がるまで公表されませんし、すべきではありません。
稀に観測気球的に新聞に出ますが、あれは例外的なものです。

まして、特務機関や情報機関のことを公然と部外に向かって論じるような人を貴
方は信用できますか？

政治を自衛官が語ることを聞きたければ、貴方も自衛隊にお入りなさい。
毎日、毎日、目一杯聞けますよ。でも、部外の人には聞かせません。


（以上　ヨーソロ）
</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2007/05/post_23.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2007/05/post_23.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">003自衛隊</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sat, 26 May 2007 00:09:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>自衛隊は国軍に　～憲法改正についての私見～</title>
         <description>　前原氏の民主党党首への就任を受けて、憲法改正が現実味を帯びた話題に上
りはじめました。今まで日本に健全野党の育たなかった大きな理由の一つは憲
法問題にあったでしょう。その主張はイデオロギー的空想に囚われたもので現
実の政策としては全く無力でしたね。


　国際紛争は一度こじれると傷が深くなります。どちらも国民世論を背負って
いて後に引けなくなるので、外交による初期消火が大切です。

でも、およそ外交交渉においては迫力を伴う真剣さが相手に明白に伝わらなけ
ればなりません。「力無き正義は空虚であり、正義無き力は暴力である」と言
う先人の言葉のとおり、相手が軍事力を笠に着て「押せ、押せ」でことに当た
ろうとしているとき、単に徒手空拳で話し合いを申し入れても、相手国側には
妥協のメリットが全く見えないので初期消火になりません。

時間稼ぎをされ、既成事実を作られたうえ、こちらが譲って引き下がるのが関
の山です。過去の拉致事件や今回のガス田などはその典型ですね。


　国際社会は西部劇やヤクザの世界と同じです。
口では美辞麗句で建て前を言っていても、実際の行為は「拳骨をポケットに忍ば
せた国益エゴのぶつかり合い」です。警察や裁判所は無いに等しく、法律（国際
法や国際慣例）は弱者を救うように出来ていないうえ、不備だらけ、抜け穴だ
らけ。いくらでも強者の横車が通用する世界です。

沖ノ鳥島を岩と言うなどその典型例ですね。暴力には腕力を以て対抗する気概
があるとき、そのときだけ、お互いに納得のいく話し合いも成り立つのですね。
我が国でも自衛隊や海上保安庁のように「法的に半端なもの」ではない正規の
軍備を整え、常に「警戒、監視」を怠らず、ＴＰＯを勘案して効果的、効率的
に運用したいものです。


　さて、１１月には自民党の憲法改正案が出され、政界でも憲法改正がやっと
まともに議論できる？環境になりそうですが、今までの論議が大きく歪んでい
たのでその後遺症が心配です。例えば、半年ほど前に自民党の舛添要一参院議
員などが主になって新憲法案の「たたき台」なるものを作り上げましたが、そ
れには「“自衛軍”を保有する」と書いてありましたね。正直、あの案にはガ
ッカリしました。

英語では「軍」も「隊」も同じForceです。
これまで&quot;Self Defense Force&quot;と言う弁解じみた名称でどれだけ惨めな思いを
してきたことか・・。
例え憲法改正なって海軍が復活しても“Self Defense Navy”では「うれしさ
も中くらいなり自衛軍」ですね。

将士の士気の上がらないような名称をわざわざ用いるなど愚策です。やはり小
泉首相のコメントのとおりに、無用な形容詞などの付いていない「国軍」でな
くては、と強く感じています。

　憲法の中で「軍隊の名前」に形容詞がわざとらしく付いているのは共産国だ
けではないでしょうか。人民軍、解放軍、赤軍、革命軍、等々ロクでもない名
前ばかりで、みんな国家より党が優先し、その党を守る“ヤクザの用心棒”軍
ですよね。

　詳しく調べたわけではありませんが、普通の国の憲法には「軍隊を保有する」
なんてわざわざ書かれていないように感じます。警察と消防を持つ、とは書か
ないのと同じことで、大抵の国の軍隊は憲法などが生まれるより遙か昔からそ
の国にあったからです。

特殊な「わけあり」のドイツやスイスの憲法には軍備保有が明示的に書かれて
いますが、これは新規に兵役の義務を定めたため、及び永年の伝統を曲げて常
備軍を保有するためで、やむを得ぬ例外です。

民主党の前原氏が主張するように、９条２項を削除さえすれば、あとは軍関係
法令の整備で済むことで、わざわざ憲法に記す必要はありませんね。同様に集
団的自衛権も国連憲章に記されている世界の常識であり、わざわざ憲法に明示
する必要はないと思われます。

　そればかりか、法律のレベルでも現在の自衛隊法や防衛庁設置法のように
「やること」「出来ること」を法律として泥縄的に書き加えるのでなく、臨機
応変に国難事態に対処できるよう、最高指揮官からの命令の形にすべきです。

軍隊の本質は「国内法の機能し得ない場面で活動できる」ことにあります。
「軍隊の行動を規定するものは最高指揮官の意志と確立された国際法のみ」で
す。

法律でがんじがらめにしたのでは単に「看板を変えただけの自衛隊」ではない
でしょうか。


以上、ヨーソロの管見でした。
</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2006/09/post_7.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2006/09/post_7.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">001日本</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">003自衛隊</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sat, 30 Sep 2006 19:21:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>3自衛隊を表現することば」に関する質問への回答</title>
         <description>
■【質問：祇園さま】

3自衛隊を表現することばとしてよく使われる

陸：「用意周到・頑迷固陋」
空：「勇猛果敢・支離滅裂」
海：「伝統墨守・唯我独尊」

について、

陸と空は理解できますが、海についてはその意味するところがよくわかりません。関係者の方に解説いただけないでしょうか。


■【回答：ヨーソロさま】

「伝統墨守・唯我独尊」ですが・・・
「伝統尊重・唯我独尊」という言い方も聞いたことがあります。

どちらにせよ、海上自衛官が自分で言出したことではないでしょうが、三自衛隊の特徴の比喩的表現としてよく使われています。
私自身は、海自ＯＢとして、この言葉にあまり悪い印象は持っていません。(^-^;)ゞ

以下に、私の承知している各言葉の由来を書いてみます。

１　まず、陸自の「用意周到・頑迷固陋」ですが・・・

　昭和２５年に警察予備隊が発足したとき、旧陸軍を一切否定して米陸軍のやり方を採用することから組織づくりが始りました。これは当時の時代風潮からやむを得ぬ面もあったでしょうが、この雰囲気は陸自時代になってからも継続され、防大卒業生が各部隊に配属され始めた頃でもまだその気分は色濃く残っていました。
　
　旧軍の軍歴のある方々は既に３佐[少佐]以上の階級になっていましたが、歴史観、戦術思想、教育訓練、生活指導等の考え方で旧内務官僚出身の高級幹部と戦後世代の初級幹部からの板挟みにあってイヤな想いをするようなことも随分とあったようでした。
　
　しかし、昭和４０年代に入ってからはこの風潮も徐々に薄れ始め、旧軍の良かったところも少しづつ取込まれ、現在ではほゞ落着くところに落着いているように感じられます。
　
　このような言わば「いじめられっ子」のパブロフ的防御反応として、陸自の「用意周到・頑迷固陋」が醸成されたように感じています。

２　次に、空自の「勇猛果敢・支離滅裂」ですが・・・
　
　空自は旧陸海軍の航空部隊の歴史が比較的浅かったこともあり、陸自より更に素直に米空軍方式を取入れました。米空軍自身が戦後になって陸軍から独立し、航空技術革新の速さと相俟って、陸軍とは異なることをことさらに強調していた事情も反映されています。言わば日米共に根無し草的な発足と発展の歴史であったと言えましょう。
　
　これに加えて陸軍航空士官学校出身者と海軍兵学校出身者の対立がありました。旧陸海軍の航空関係者が混然一体となって新空軍の建設に携りましたが、新制度の導入や教育訓練等において旧陸海軍の反目をそのまま引継いだようなテンヤワンヤが展開されました。この後遺症は前述の陸自よりもむしろ長く尾を引いたかも知れません。
　
　この旧陸海軍の亡霊のような競争心と近親増悪が「勇猛果敢・支離滅裂」の由来なのですが、今ではもう少し良い意味に昇華しているようでご同慶の至りです。

３　そして最後に海自の「伝統墨守・唯我独尊」ですが・・・
　
　海自は組織的にも構成人員的にも旧海軍をそっくり引継いで発足しました。
昭和２０年１２月１日の海軍官制の廃止後、外地からの引揚げ・復員輸送や機雷処分・航路啓開のために残された組織が、海上保安庁を経て海上警備隊、警備隊、そして海上自衛隊と一日も途切れることなく引継がれて現在に至っています。
　
　新海軍の再建に協力した米海軍も帝国海軍を好敵手として一目置いていましたので、海自は米海軍の優れた点は積極的に取入れましたが、海軍気質を始め旧海軍の良いところは伝統としてそっくり残すように努めました。昔も今も同じ自衛艦旗が象徴するように、海自は「帝国海軍の正統後継者」を自負しており、これが全海上自衛官のプライドになっています。
　
　以上が「伝統墨守・唯我独尊」の所以ですが、陸空自や内局、警察、海保等の人達にはこのプライドがやゝ鼻に突くのかも知れませんね。

なお上記に関連して蛇足ですが・・・、防衛大学校卒業生の間では上に述べたような陸海空の対立意識は殆どありません。

旧軍出身の先輩達の心情的不信感や対抗心がむしろ不思議に思えたものでした。

防衛大学校が５０年余にわたって３自衛隊共通の士官学校として幹部自衛官[将校]の養成教育を行い、既に二万人近くの卒業生を出していることの意義を強く感じています。

先般の新統幕組織の発足も、防大の３軍合同教育の成果が結実したものであると言えましょう。

以上、ご質問のお答になっているでしょうか？
ヨーソロの管見でした。</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2006/06/3.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2006/06/3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">003自衛隊</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Mon, 19 Jun 2006 19:01:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Plug　and Play</title>
         <description><![CDATA[●米海軍のHPに以下のような記事がありました。
<a href="http://www.news.navy.mil/search/display.asp?story_id=22976">『「ステザム」と「日本海軍」、空母「リンカーン」と初顔合わせ』</a>

【概略】

・3月26日、米空母「エイブラハム・リンカーン」が日本近海にやってきた。
・わが海自のイージスＤＤＧ「きりしま」、ＤＤ「はたかぜ」「はるさめ」、そして米海軍のイージス駆逐艦「ステザム」は、相互慣熟訓練の一環としてリンカーンの護衛任務に加わった。
・対空戦指揮などでわが海軍が示した能力の高さに、米側は驚きを隠せない。

【ヨーソロ様による解説】

「おそらく “Plug　and Play”（原文中にあることば） は業界用語ではなく、単に今回の訓練の比喩としてＩＴ用語が使われたと考えます。

空母リンカーンは搭載された第２空母航空団とともに始めて日本近海の西太平洋に進出したので、相互慣熟訓練として第７艦隊第１５駆逐戦隊（駆逐隊群と訳した方が一般的かも知れませんが、私は“群”という語が余り好きではありません。群れは軍隊に相応しくないと感じています）のDDG×１隻と海自の護衛艦× ３隻が護衛の任務に加わって、相互に慣れようとしたのでしょう。

特に、“ADC”と言うのがありますが、これは空母戦闘部隊の担当空域の中にあって防空に関する責任を任された分掌指揮官の役です。

空母部隊の全般指揮官はもちろん第２空母航空団司令ですが、対潜、対空、対水上のそれぞれを部隊の中で最もその役割に相応しい装備と能力を有する指揮官に分担して任せて代理統制させ、やむを得ず制止を掛ける必要のある場合だけ自分がオーバーライドして指揮権を発動します。

つまり、部隊内の各艦艇長は、対空戦闘については対空戦指揮官の、対潜戦闘については対潜戦指揮官の、と言うように複数の指揮官から統制を受けるわけです。

この各種戦指揮官分担方式が始められてから既に約２０年になりますが、猛訓練による部隊内での慣熟と相互信頼が無ければ成り立ちません。

海自や第７艦隊の護衛艦艇も、キティーホーク空母戦闘部隊としては相当に「ツーカー」になっていますが、リンカーンとはお互いに初顔合わせです。
今回護衛部隊として文字どおり“plug in”して“play”させてみたら、海自の練度の高さに驚いた、と言うことでしょう。

長い間、海自部隊は日米共同訓練でも対潜戦指揮官だけを任される時代が続きました。対潜戦については米軍も一目置いていたからです。
しかし、空母部隊の対空戦は間違えると「味方撃ち」を起こす恐れもあり、海自にイージス艦が出来るまで対空戦指揮官は海自に任せられませんでした。

この記事によれば、イージスDDG「きりしま」座乗の海自側指揮官がその対空戦指揮官を任されたのでしょう。
今では防空能力でも世界一流のイージス艦を擁した海自指揮官がその任務をアサインされるようになっているわけで、私もこの記事を読んで今昔の感慨があります。

以上、ヨーソロの管見でした。]]></description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2006/04/plugand_play.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2006/04/plugand_play.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">002軍事</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sun, 16 Apr 2006 19:07:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>愚直を以て良しとする</title>
         <description>
基地隊門や艦艇舷門等の立直勤務は愚直を以て良しとします。

昔々、海将補の某艦艇部隊指揮官がウッカリ身分証明書を持たぬまま公用車で上陸し、帰りは徒歩で艦艇基地の隊門を通ろうとして警衛立直中の２等海士に止められ、中に入れてもらえなかったことがあります。
「私は○○群司令だ」と言っても、「お顔は知っています。でも身分証明書の無い者は絶対に入れるなと当直海曹からきつく言われていますからダメです」と泣きそうな顔をして、頑として通さないのです。
連絡を受けた旗艦の副直士官（実は若き３等海尉のヨーソロ）が隊門まで行って、彼の身元を証明してやっと入門、帰艦できたのでした。

上陸して飲んですっかりご機嫌だったこの海将補は、
「あの海士は立派なヤツだ。警備隊司令（この海士の所属する部隊の指揮官で1佐）にあいつを褒めてやるように伝えろ。」とますます上機嫌でした。

これが正常な部隊です。

なお蛇足ですが、立直中の隊員に暴言を吐いたり、抵抗したりすると、「特別勤務員に対する暴行」ということで、普通の隊員同士の場合よりはるかに重い処分が待っています。</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2006/04/post_2.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2006/04/post_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">002軍事</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sun, 16 Apr 2006 19:05:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>【Q&amp;A】戦闘時、自衛隊にはどの程度行動できるのか？</title>
         <description>【質問】
ところで現在の自衛隊は実際に戦闘状態に陥った場合どの程度、動くことができるのでしょうか？
現在は、数年前にあった映画「宣戦布告」のようなひどいことはないと思いますが、まだ明確な法整備がされているとも思いません。
元自衛官なので、戦争状態になりそうな場合、部隊内ではかなり準備を進めて訓練目的などとして何らかの行動は取り始めると思うのですが（災害派遣の場合はそうだったので）、実際のところどの程度行動できて権限が与えられるのでしょうか？(yasshiさま)


【回答】

この問題は来栖元統幕議長の舌禍事件でその存在があからさまになりました。
彼は「超法規的な行動もやむを得ない」と発言し、馘首されました。

しかし、この処分は明白に間違いでした。
これは国家の「正当防衛」、「緊急避難」上の「やむを得ない」行為で、正しいのです。
元来「正当防衛」、「緊急避難」による行為が「過剰で無い限り」やむを得ないこととして認められているのは自然法に由来します。
「無主物の先取特権」等と同様に自然法由来ですから全世界の人類共通で、ことさら国際法に明示されていなくても誰もこの原則には異論を挟みません。
人間なら誰でも常識として是とする行為です。

もちろん、軍人、警官や消防官等には公務上「緊急避難」が認められない場合がありますが、それは職務上の義務として本人と社会の間に合意契約がある特殊な例です。

国際社会で生きる普通の国家も、その「force」たる軍隊が有事に行動する根拠は、「現代では」この二つの非常事態です。
防衛庁設置法に定めた業務に含まれるか？云々は平和ボケのナンセンスな議論です。

国家最高指揮官は、確立した国際法に違反しない限り、国家意志としてフリーハンドを以て、指揮命令できますし、自衛隊の各部隊はその命令のままに動けばよいのです。
なお、敵味方とも同じ「正当防衛」「緊急避難」を主張するのですから、どちらかが「過剰防衛」になったときは「復仇権」も認められています。
（これがクラウゼウィッツの言う「戦争の魔性」の導火線ですね）

念のため繰り返しますが、「復仇」であっても部隊自身が青天井の無制約ということでは決してありません。「最高指揮官の意志のとおりに」を超えてはなりません。

国内的にも最高指揮官は、作戦上必要な行為については平時の法律に制約される必要はありません。緊急避難行為としていかなる必要な措置も取らせることができます。
但し、これを実行する現場部隊が有事が去った場合の原状回復ないし補償のための措置を可能な限り為すべきことを免れるものではありません。

日本の一部には、憲法で「正当防衛」「緊急避難」の権利を自ら放棄した、という考え方があります。国家として前述の消防官と同じような義務を負っている、という主張です。
私はこの脳天気な見解には到底同意できませんが、よしんばこの主張を認めるとしても、これは見返りのある双務的契約ではなくて一方的な宣言に過ぎませんから、取消宣言をすることも同様に一方的に出来ます。有事には「憲法停止」を宣言すれば良いのです。
時の首相が誰であっても、きっとそうすることでしょう。
その宣言自身が「憲法違反」かどうかは、有事が去ってからジックリ議論しても決して遅くはありません。

以上、ヨーソロの管見でした。</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2006/04/qa.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2006/04/qa.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">001日本</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">003自衛隊</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sat, 15 Apr 2006 19:04:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>正規軍とは</title>
         <description>【質問】

『「正規軍」についてなのですが、我が自衛隊もジュネーブ条約の対象となる正規軍か危なそうなのですけれど、隣の国の「人民解放軍」なるものも共産党の「私兵」とすれば、かなり怪しい位置づけの組織では無いかと思うのですが。

まだ、一党独裁などと言っている間は良いのかも知れませんが、形だけでも複数政党制などに移行すれば尚更と思うのは素人考えなのでしょうかね？』

(FromAさま)

【回答】

「さて「正規軍」ですが、これが関係するのは主に地上軍関係ですので私よりは陸自関係のなかによりお詳しい方がおられるのではないかと思われますが、常識的なことを書いてみます。

　「正規軍」が関係するのは主にハーグ陸戦条約やジュネーブ条約ですが、締結各国に既に正規の軍隊があることが当然の前提になっており、むしろ正規軍以外で軍人・軍属相当の交戦者と見なす者を定めています。

　「正規軍」という言い方は国際法上に厳格に定義されているわけでなく、単に常備軍があるだけですね。これも定められた制服を着ている云々程度の話で、民兵、義勇兵、ゲリラ兵などに比べて法的に特段の優位があるわけではない、と思います。強いて言えば、捕虜になったときに適切な扱いを受ける可能性が少しは大きいかもしれない、と言う程度です。

　ご質問の「人民解放軍」も我が国の「自衛隊」もそうですが、
(1)部隊の責任者がいて統制がとれており、
(2)遠くから分かる記章を付け、
(3)武器を隠さずに携行し、
(4)戦争関係の諸法規を守って、
戦っている限りは、不幸にも敵の手に落ちた場合にも、（民間人でなく）軍隊、軍人・軍属たる“同業者”として扱われることを敵に要求できます。
軍人・軍属なら義務として戦闘した戦争捕虜で、同じ軍人同士として相手国の軍事法規が適用されますが、民間人なら単なる殺人犯人扱いですからこの差異は大です。

　尤も、捕虜の待遇を要求しても、相手が応じるかどうかは分かりません。
前(2)項ひとつ取っても、何を以て「遠くから認識できる」とするか明白な尺度はありません。むしろ正規軍の戦闘服等にこそ迷彩が施されているのが世界の常識です。
　陸自は２０年以上前に作業服の階級章を白色から黒色に変えました。
これはベトナム戦争で米軍の階級の高い将校が多く狙撃された戦訓から、階級章を遠くからは見え難いように黒色にしたわけです。

　朝鮮戦争に参戦した人民解放軍の自称は「義勇軍」でしたが、それが正規の中共軍部隊である実態は直ぐに世界中に知れ渡りました。彼等は休戦協定の当事者にもなっています。

　ジュネーブ条約は正規の兵士にIDカードを持たせるよう求めており、そのサンプルも定めていますが、認識票に比べて大きめのカードで、書かれる情報量も多いので、（国際条約等には忠実を旨とする）自衛隊も、私の知る限りでは、未だこれを採用していないと思います。（注）

　ことほど左様に「正規軍」の定義は曖昧です。むしろ一番の問題点は我が国の憲法に「軍隊を持たない」と明示してあることを敵が逆手に取ることです。
（海上保安庁法等にも同じ心配があります。）

　捕虜が多数に上ることが最前線の部隊にとって大変な負担になるのは、カチンの森のポーランド軍、スターリングラードで投降したドイツ第６軍、バターン半島で投降の米軍、WW2の終戦後に連合軍に投降したドイツ軍等の将兵の悲惨な話で良く知られています。
　旧ソ連軍のドクトリンには「日本の自衛隊を軍隊として扱う必要なし」と書かれていた、という話も聞いたことがあります。

　自衛官や有志の警防団員が有事に戦意を失うような馬鹿な話は一日も早く解消してほしいものです。

　一般に戦時国際法は牽強付会の世界で、強国の横車のごり押しは常に通る反面、弱小国の些細な違反もどきでもイチャモンや復仇の対象になります。
（現在の国連安保理も似たようなものですが・・・）


各国軍が「平時に」外交的に享受する特権や礼遇に関して言えば、当然に自国が保有する「正規の軍」であることを前提に置いて、求めているわけです。
（中国共産党の軍を自称する「人民解放軍」も全く同様に振る舞っています。）

この場合は、世界中に公表されている記章や軍服を帯び、将校名簿に記載された将校の指揮官の指揮統制に服している部隊であることが当然とされています。

武器の携行は必須ではありませんが、礼装時には将校は帯剣が常識です。
（ちなみに自衛官の指揮官も普段は丸腰ですが、対外的に必要な場合に限り、儀礼刀－旧海軍の長剣と同じ仕様－を帯びます。）

相手国における特権は「地位協定」などで定められるわけですが、特にそのような定めがない場合でも、最低限、公務中の「部隊自衛権」は有しているものとして振る舞います。これ無くして軍隊とは言えません。

また、礼遇は受入国側の規則に則って行われますが、外交官のプロトコルと同様に永年の歴史と伝統で概ね世界共通の常識の線があります。
これは儀礼ですから暗黙の約束事であって法的なものではありませんが、無視すれば国際紛争の原因にさえなりかねないシビアなものです。
（まともに仁義を切らないと直ぐに喧嘩出入りになるヤクザの世界と同じです）

こうしてみると、平時に政府公認で大っぴらに「正規軍」を主張して相手国もそれを認めれば「正規軍」として遇される、という以上の明確な国際法的根拠は無いに等しいと言えるでしょうね。

少なくとも外国と関わらなければ、警察「軍」、内務省「軍」、国境警備隊、等々、いくら軍隊もどきでも「正規軍」云々の議論は無意味です。

以上、ヨーソロの管見でした。

（注）
自衛隊では数年前に身分証明書の書式が変更になり、今ではジュネーブ条約に則った内容が日本語・英語で記入されているとのことです。</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2006/01/post_19.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2006/01/post_19.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">002軍事</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Sun, 29 Jan 2006 19:49:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>有害無益な「武器輸出三原則」</title>
         <description>
　連載も何とか十回目を迎えることができました。
　今日は話の最後として、武器輸出について思うところを書いてみます。
　
　我が国の兵器産業は第二次大戦後も相当の生産能力がありました。
戦後一度は滅びかけた兵器産業ですが、朝鮮戦争では国連軍の兵站基地として国内のくず鉄が品薄になるほどの活況を呈しました。

これがやがて、1967年の佐藤内閣で「武器輸出三原則」が出されて共産圏や紛争当事国への輸出が出来なくなり、1976年の三木内閣のいわゆる「武器輸出三原則の厳格適用」によりトドメを刺されてしまいました。

実に戦後も３１年を経て、自衛隊も徐々に整い始めた時期のことでした。

　三木内閣は田中角栄退陣後のドサクサの緊急避難内閣の感が強く、党内基盤が弱かったためマスコミ世論に媚びる傾向があり、国民に不人気な政策の遂行など願うべくもない状況下で上記厳格適用が政策化されてしまいました。

　これは戦後政治の失政のなかで殆ど目立たず、今でも三木政治の成果と考えている人達が少なくありません。しかし、これは今に尾を引く大失敗であったと感じています。それは次のような理由に因ります。


１．量的武器製造能力が低下して、防衛予算の高騰を招いた。

　武器は平時には消耗がありません。訓練に使われる消費量なんて、実戦に比べれば微々たるものです。その一方で近代軍の使用する武器は、大は艦艇、航空機から小は電子機器部品に至るまで多岐にわたります。典型的な少数多機種で且つ高度な信頼性を求められるので、開発費や製造費の高いものばかりです。

　世界中の先進各国は、自国軍用武器の製造コストを削減し、有事に備えて製造設備を維持するため、武器の輸出に熱心です。長い間、平和を保っているスウェーデンやスイス等もその典型例で世界各国に輸出していますし、ドイツも得意な在来型潜水艦のセールスに熱心です。韓国なども世界に売れる武器を開発しようと躍起になっています。

　一年に数台しか作らない我が国の戦車と３０００両以上を生産するロシアのそれでコストに大きな差が出るのは容易に想像できます。単に人件費の差だけではありません。

　日本の防衛費ベースの軍備は世界の大国並みです。しかし、その実態は世界最高の人件費とロールスロイス並の少数手作り生産の武器値段によるものです。

我が国の防衛費は今よりも格段に安くできます。
あるいは、今と同額ならば遙かに多い兵力が維持できます。

そのためにやるべきことは単に武器輸出の許可だけで良いのです。
国家財政の超赤字を解消するためにもぜひ武器輸出を解禁すべきです。


２．武器の研究開発能力が低下して、相対的な戦力の低下を招いた。

　「戦史は科学技術発達史なり」と言われるように、軍事的ニーズが科学技術の発達を推し進めた側面があることは否めません。航空機の発達などはその典型です。

そして有事には「国の命運を賭けた勝敗」がからむ軍事技術も、平時は「神の見えざる手」に導かれた国際商品です。安価で高性能、「武人の蛮用」に耐える頑丈で平易な使い勝手、そして高い信頼性。これらの諸要素が世界市場で過酷な販売競争に曝され、地球上のどこかで実戦に使われ、そして高い評価を得てこそ「自国の装備兵器は一流」と胸を張って言えます。

　いわゆる「チャンピオン・データ」は何処の国の製品も似たようなものです。
武器の本当の性能は平均値よりもむしろ下限値です。「最悪の条件の下でもこれだけの性能が出る」でなくてはなりません。それはしばしば実戦場でしか分からないものです。
　
　また、自分で研究開発した苦労の経験がなければ敵の革新的技術も理解できません。かつてソ連のMIG25戦闘機が函館に亡命してきたことがありました。
その機体は当時のソ連の軍事技術の粋でしたが、調べた航空自衛隊技術者ではその真の価値は解らぬことだらけでした。米空軍の技術者が来て、一見して発した「奴等はこうやっていたのか！」という喜悦の声と説明でようやく「そういうことか！」と解ることが沢山あったのです。以前に書いた「翼の舵を動かすワイヤの震動押さえのリングの話」等がこの例です。

　我が国の現状のような自国用だけの少量生産では、研究開発の予算も限られ、本当に優れたものかどうか分かりません。かつて我が国が世界一流を誇った掃海能力も、いざ湾岸戦争後に派遣されて列国海軍とコンペ状態になってみると、海上自衛隊のそれは人の手への依存度の高い「工芸的掃海術」で、「カミカゼ掃海」と世界が驚くようなものでした。先進各国の掃海は遙か以前に遠隔操縦ロボット掃海に移行していたのでした。


３．武器輸入国は敵に回らない、という選択肢を放棄した。

　武器輸入国がその輸出国と軍事的対立関係になる危険性は極めて低いことは歴史上明かです。それは単に武器の補給という命綱を握られているためばかりでなく、「武器の運用思想」等を通じて国防政策や同盟政策までもが徐々に影響を受けるからです。

　つまり、武器輸出はそれ自体が極めて有効な安全保障外交政策であり、かつまた貿易収支的にも無視できない大きなものとなるため、経済通商政策的にも極めて大きな影響が期待できます。

　湾岸の国々はかつて日本に何度も武器輸出を打診してきています。かの国々の動向が我が国のエネルギー政策に大きな影響力を及ぼしていることを思えば、折角の貴重なチャンスを逃していることは愚策としか言いようがありません。


４．さらに武器輸入国は強力な友好国になる可能性が大きいのに・・・

　武器輸入国はその輸入に関連して若くて優秀な軍人を輸出国側に留学させるケースが非常に多く、しかも発展途上国では彼等が後年に高位高官となって国政に参画する可能性が高いのです。そのとき、若いときに学んで好印象を持った国とは必ず友好的関係になるものです。それは現在の途上国の指導者の殆どが、若い時代にそれぞれの外国に留学した経験を生かして、それらの国との関係強化を求めていることでわかります。


　今まで、るる書いたように、武器輸出三原則は我が国にとって有害無益です。
「死の商人、云々」は単に情緒的なものでしかありません。

　もちろん、今までの政策を急に変えれば国際政治に様々な影響があることは否めません。特に我が国のハイテク技術で顧客を奪われるかも知れない国々はナーバスにもなるでしょう。

しかし、ここは国益の何たるかをシッカリ見極めなければなりません。

武器輸出三原則は今すぐに廃棄すべき愚策です。


以上、ヨーソロの管見でした。


「日本列島波高し～元海自幹部の視点～」　メールマガジン「軍事情報」別冊より</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2005/11/post_20.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2005/11/post_20.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">001日本</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">002軍事</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">003自衛隊</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Fri, 25 Nov 2005 19:51:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>政府の国際広報活動　～「それは違う！と言える日本」への脱皮を！～</title>
         <description>　小泉首相が先月靖国神社に参拝してから、日本のマスコミは火の点いたように中韓を気にした報道を繰り返していました。西欧世界でも一部に批判的な論調が見られました。これらを見ながら、なぜ我が国は、特に日本政府は国際的な広報が下手クソなのだろう、という疑問が湧いてきました。

</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2005/11/post.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2005/11/post.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">001日本</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Fri, 11 Nov 2005 18:09:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>諜報機関の創設を望む</title>
         <description>　「主要国の中で唯一、対外情報機関を持たないわが国の諜報活動を強化する
ため、町村信孝外相の私的懇談会が１６日までに、英秘密情報局（通称　MI6）
をモデルにした専門の情報機関設置を提言した」という新聞記事が先週出まし
たね。やっとこの機運が出てきたか、と嬉しい気持です。


　事情通？は今まで、秘密情報も９０％まで公開情報の分析で読める、と言っ
てきました。これが従来「我が国に諜報機関は不要だ、リスクの割に得るもの
は少ない」と言う主張の根拠とされてきました。

でもこれは単に言葉のアヤですね。
“９０％”が情報の量なのか価値なのか不明ですし、残りの“１０％”が本当
はどんな内容なのか、諜報機関が無いのですから分かる筈がありません。
よそ様から提供されるものは残り“１０％”のうちのホンの僅かかもしれませ
ん。おそらくそうでしょう。


　知られたくない大事な情報は隠す方も真剣です。チャーチルの言ったように
「真実はウソと言う名のボディガード“bodyguard of lie”に守られて」いま
す。それを公開資料だけから浮かんでくるモザイクの断片を組み立てて読み取
るのでは、
「秘密情報からしか得られない残りの“１０％”の画竜点睛に欠ける」
と言うことです。わざわざ曇りガラスを通して見ているのと同じです。


　我が国が国策判断の基になる情報を他国に頼らずに自前で得ることこそ、真
の独立国になる第一歩です。
冷戦時代、ソ連その他の共産圏情報の殆どは米国に頼っていたので、米国の情
報提供のさじ加減一つで我が国の政策が左右されることがザラにありました。

国内でデリケートな情報を扱う官僚達は、かねがね政治家達の守秘義務のデタ
ラメに泣かされているので、苦労して得た情報は極力隠したがります。
一方、政治家達の方も我が国の情報収集能力をあまり高く評価していないので
自前の情報を積極的に活用する意識に乏しく、たまに米国等に外遊して情報ブ
リーフィングを受けて写真や地図を見せられるとビックリ仰天、言うことがコ
ロリと変わる・・・こんなことが良くありました。


　米国は、当然ですが、貴重な情報になればなるほど容易には提供してくれま
せん。そして自国の主張を通したいタイミングで、チラリと出してくるのです。
北鮮の核情報などはその典型です。
もし米国から貴重な情報を貰いたければ、それに見合うだけの価値ある情報を
こちらからも提供できなければなりません。

「GIVE and TAKE」ですね。これは米国だけでなく国際社会の常識です。


　これに加えて我が国にはさらに難しい事情があります。
有効な秘密保護の法律が無いに等しいうえ、「仲間内で秘密を共有しないのは
水くさい」という国民の風土があります。

したがって我が国はスパイ天国とみなされており、提供される情報は、相手
（仮想敵）側に洩れても差し支えない段階まで秘密区分が下がったり、利用で
きるタイミングの遅れたものであったりしがちです。

有り体に言えば近所のお喋りおばさんと一緒で、信用がないのです。

《一寸寄り道：でもこれは最近の韓国ほどではありません。韓国から北鮮への
秘密情報のジャジャ漏れはあまりにひどい（報道によれば「南北ホットライン
経由で直接に流されていた」とのこと）ので、今や韓国は米国から全く信用を
失い、これを日本の谷内外務次官がそれとなく韓国の国会議員に注意喚起した
ところ韓国中から逆ギレされたことが５月頃にもありましたね。》

　我が国で諜報機関の創設に反対してきた人達の大きな理由の一つは、この
「秘密保護法の強化により報道の自由が侵される（おそれがある）」点にあり
ました。
でも個人情報の流出に神経を尖らせてその保護を口うるさく主張する一方で、
自分達の属する国家の情報を隠すことに反対するのは明白に矛盾です。

外国に知られたくないことは当然あるわけで、国民の知る権利をむやみに主張
することは即ち利害の反する相手側にも同様にすぐ知られ、国益を損ない、結
局は自分達が損をする、という単純明快なことを日本のマスコミにもぜひ理解
して欲しいものです。


　別の反対理由は「人権が抑圧される（おそれがある）」という主張でした。
例えば、思想信条に基づいたスパイ活動や反政府活動でも、具体的な法律違反
行為がなければ現在では犯罪にならないのに、諜報機関が出来れば陰に陽に秘
密警察的な弾圧をするに違いない、という考え方ですね。

この問題は諜報機関（例えばMI6、CIA）と防諜機関（例えばMI5、FBI）の混同
からくるものです。
防諜機関は、国内で秘密が漏れないように様々な対策を講じると共に、スパイ
を摘発するのが仕事ですが、諜報機関は海外の情報を集めることが仕事です。

　しかも防諜機関としては既に警察の公安部門や公安調査庁が機能しています。
むしろ困った問題は、満足な秘密保護法がないため、スパイ活動や反政府活動
に現行のあらゆる法規を適用しても微罪にしかならず、彼等の暗躍に対する抑
止効果が全くないことです。

動機が純粋に哲学的であれ、功利的であれ、国家情報を盗んだり漏らしたりす
ることは国民全体への裏切りです。世界標準では死刑になることも珍しくない
行為に対しては、少なくとも盗んだ情報や行った活動が陳腐化するまでの長期
禁固はやむを得ぬのではないでしょうか。

　更に諜報機関による謀略や秘密工作を問題視する反対論もあります。小説や
映画で興味本位に取り上げられることの多い分野です。しかしこれは地球村で
生活していく上の必要悪でしょうね。


　国家、政府は「自国民に対しては」公平かつコンプライアント（*1）でなけ
ればなりません。しかし他国民に対して、その義務はありません。国際法や相
互の条約に基づく関係国間の互恵（*2）であれば良いのです。

そして国際社会には表も裏もあります。
もし某国が特務機関によって非合法活動を我が国で行っていたら、これも「お
互い様」であるべきです。これは水面下の自衛戦争です。こちらも決して泣き
寝入りするのではなく、それに対抗する実行能力を持つべきだと思うのです。


　繰り返しますが、国際社会はヤクザやマフィアの社会と同様です。
正義も公正も自力で実現するしかありません。
それが自力で出来る国しか友邦として国際社会に伍して行けません。

「普通の国になる」というのはこういうことだと思うのです。
一日も早い諜報機関の創設が望まれます。



以上、ヨーソロの管見でした。</description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2005/10/post_9.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2005/10/post_9.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">004情報活動</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Fri, 28 Oct 2005 19:24:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>皇位継承問題は拙速に処理すべからず</title>
         <description><![CDATA[　今回は軍事ではありませんが、最近の気に掛かることを書いてみます。

　首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」（座長・吉川弘之元東
大学長）は、「安定的な皇位継承を維持するため継承順位を天皇の長子（第１
子）からとし、女性、女系天皇を容認する」方針を固めた模様です。

確かに国民の多くが将来に愛子内親王殿下の女帝ご即位を期待しているように
思われます。しかし問題は、その後に民間男性の血を引くことになる天皇を果
たして望むかどうか・・・？

　今の制度である男系男子のみの皇統が“現在の皇族方だけでは”絶えかけて
いることは否定できません。でもそれは現代だけの話ではないように思います。
近代だけ見ても十八世紀の初めに閑院宮家が創設されたのも同じような事情で、
119代の　光格帝は　後桃園帝の急な崩御により7親等を隔てた閑院宮家の第6
王子ながら末期御養子を経て即位されました。

　徳川将軍家なども同様ですが、幼児生存率が低くて、側室を何人でも置けた
あの時代でも先祖の血筋を守るにはたいへんな苦労があったようです。まして
現代は少子高齢化の時代。貧乏人の子沢山と言われた庶民でさえ今や兄弟姉妹
は減り、親戚や分家は消え、祖先の祭事も少なくなるばかりです。

　これに加えて若者の心情の問題もあります。私の周囲にいる青年達で「お見
合」をした人を殆ど知りません。封建的という間違った教育のせいか、この先
祖伝来の合理的な知恵を男女ともに毛嫌いしており、例えお見合した場合もそ
れを口に出せない風潮が強くあるようです。上記の有識者会議は女系天皇を容
認する方向のようですが、その前提として果たして民間から結婚して皇族にな
る男子がいるでしょうか？

　私には極めて難しいように思われますが・・・。

　今上皇后陛下や皇太子妃殿下の例は女性のお輿入れで、それでも様々なご苦
労の程を側聞いたします。これから先、民間から皇室に娘が嫁ぐことを是とす
る親がいようとはとても思えません。いわんや一度社会人になった男子におい
てをや、です。

　もし皇統を遠い将来まで安定的に維持しようとすれば、単に「女系天皇を容
認する、女性皇族の宮家創設を認める」等という付け焼き刃なことでなく、
「皇室の藩屏（*1）」として、幼少のときから特別な立場を自覚して生活する
人達の存在が必須であると感じます。一部には元皇族の皇族復帰や準皇族制度
の創設等の話も出ているようです。元皇族の方々のみ名目的な爵位を復活する
ことでも良いかも知れません。単に皇統の証であるだけで何らの特権も付けな
ければ、余分な予算の支出もなく、憲法14条の違反にはならないでしょう。

　一方、「女系天皇」には重大な問題があります。言うまでもなく天皇の地位
は国民の総意に基づくもので、単なる三種の神器の遺産相続者ではありません。

我が国の長い歴史の中でいかなる権力者にも簒奪（*2）されることのなかった
皇位が単なる婚姻によって他姓に移った場合、多くの国民はその方を天皇とし
て心から奉戴するでしょうか？

　我が国では明治初期まで夫婦別姓で、生まれた子供の姓は父親の姓でした。
最近も別姓論議が盛んです。女系天皇の皇子さまは「彼（彼女）は婿養子の子
だよね」ということにならないでしょうか？

　こうした会話は庶民の家督相続においてさえザラに出る話です。もちろん誰
も「そんなの天皇と認めない」とまでは言わないかも知れません。しかし徐々
に緩慢に皇室崇敬の念が薄れていく事態や、かつて臣籍降下された元皇族方の
中から“真の皇統”を名乗る方が現れる（担ぎ出される）ようなことになる
かも知れません。これではまるで南北朝の再来です。

　皇室は我が国の長い歴史の中で幾度となく翻弄され、その時々の権力者に抑
圧されても、皇室崇敬の念は何故か不死鳥のように甦ってきました。その権威
は権力とは無関係に民族の心底に深く根差したもので、混乱した国内でいつの
間にか求心力の核となって浮上して来ました。このことを決して軽く見るべき
ではないでしょう。国民の多くは代々の皇室の無私のお姿に民族の宗家を心情
的に感じていて、代々崇敬しているのではないでしょうか。そしてその根っ子
は遠い伝説の昔からの「万世一系」にこそあるのではないでしょうか。

　上の例であげた　光格帝は先帝から七親等も離れていましたが、上皇時代を
含む62年の御代は尊皇の思想を大いに高められ、崩御に際しては戒名である院
号ではなく、900年以上も途絶えていた天皇号を復活、諡号（*3）されました。
これから見ても核心は古からの皇統に属するか否かで、単なる血の濃淡ではな
いと思うのです。

　愛子様の即位は大歓迎です。女帝は過去にも多くの先例のあることです。問
題は「皇統以外の男子が背の君（*4）になられる」ことです。
前述したように現状では民間から皇室に入る男子が出現する可能性も乏しいう
え、もしおられたとしても皇統がその馬野骨男殿下の子孫に移ったとき、国難
に際して民族の求心核たり得るか、いささか疑問です。

　ヨーロッパの高々数百年しか続いていないような国王家の単に家督相続的な
襲位を範として、二千年続く皇位の継承を誤ることがあってはなりません。
愛子様のご成長までまだ時間はあるのです。今は皇室の藩屏を増やす策こそが
第一ではないでしょうか。いずれは憲法改正もあるでしょう。この問題を拙速
に処理して民族の将来を損なうようなことがあってはならないと、強く危機感
を抱く今日この頃です。


以上、ヨーソロの管見でした。



（ヨーソロ）

（*1）後ろ盾になって盛り立てて支える人達の意
（*2）帝位を奪い取ること
（*3）崩御にあたって、天皇の称号を贈ること（昭和天皇の「昭和」など）
（*4）「背」は「せ（兄）」の敬称。特に夫のことをさす


[参考]
光格帝の記事は<a href="http://tinyurl.com/94l6m">「幕末の天皇」（講談社選書メチエ）</a>を参照しました。
]]></description>
         <link>http://yosoro.okigunnji.com/2005/10/post_8.html</link>
         <guid>http://yosoro.okigunnji.com/2005/10/post_8.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">001日本</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag"></category>
        
         <pubDate>Fri, 14 Oct 2005 19:23:08 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>
